「肉の秋元」秋元専務インタビューその2  ー奥州から欧州へー

地元にこだわって生産してきた肉の秋元さん。
しかし専務は輸出への興味があると?
白河清流豚インタビュー記事、その2です!
(その1はこちら)

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白河高原清流豚

秋元雅幸専務)
うちの経営理念が、”現状否定”なのですよね。
現状、地域の人に喜んでもらっているからそれでいいのかというと、そうではないと。
現状、喜んでもらっているけど、もっと肉質をよくしようと努力したり。
質をよくするために、まったく地元から離れて、輸出を検討してみたり。
自分はやっぱり、よさを知って、欲しいと言ってくれるお客さまに応えるのが仕事だと思っているから。
そのために規模を大きくしてみたりすることもあるかもしれませんが、地元の人はずっと大切にしなければと思っています。

なので、輸出とかは興味ありますよね。

聞き手・青砥)
輸出!
例えば中国とかでしょうか?

秋)
いや、売上の面で興味があるのではなく、福島のブランドは、本場で通用するのかという興味ですね。
肉の本場というとドイツやデンマーク、イタリアなどのヨーロッパ。
伝統的な肉の生産地であるヨーロッパ、いまでもわざわざ輸入して食べている人の多い産地です。その肉の本場で、どこまでこのブランドは通用するのかなと思っています。
国際ベネチア映画祭で販売…という話があり、諸事情で実現には至りませんでしたが、またチャンスはあるだろうと思っています。
ベネチアのチャンスは、福島産を探している、ということでお話をいただきました。
これも地元白河でブランド化に取り組んでいたから話が来なかったはずなので、
地元でやっていてよかったなあとは思いましたね。
なんでもとりあえずやってみるというのを大切にしているのですが、それが結局”現状否定”ということなのかな、なんて思っています。

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打倒デンマーク?肉の秋元のソーセージ

青)
なるほど…”現状否定”という理念は、昔から肉の秋元さんで受け継いできたものなのでしょうか?

秋)
昔から実は福島って養豚が盛んで。
福島は、豚肉の消費量はずっと1位2位なんですよ。
だから当然、生産も盛んで。で昔は流通が発達していないので、すべて地産地消でしたから。
地域でのその様子を見ていて、茨城から出てきて大信に辿りついたうちのひいじいちゃんが、豚に飛びついたのではないかな。そんな話を、いまの社長から聞いています。

青)
昭和33年(1958)から、大信で肉づくりをしていらっしゃるのですよね。

秋)
当時は、豚肉を作れば売れた、と聞いています。
高度経済成長期で、みんなが腹をすかしている時代。
みんな、動物性たんぱく質が少なかったから。
ただ、生産だけしていた時代ですね。
それがだんだん時代が変わって、物があふれて、飽食の時代になってきて。
よりいいものを好むお客様と、安いものを好むお客様と。
お客様自身が選んで、物を買う時代になってきた。
私たちは昔から豚肉を販売していました。
それは以前は、「ただ単に」作った豚肉でした。

当時のお客さまからは「今日はおいしいね」と言われたり、言われなかったりしたそうです。
私たちも売っていて、こないだはおいしくできた豚肉だけど、今日はなんでおいしくないのかな、ということがわからなかった時代でした。
それで店先では、味がいい日も悪い日も、
「今日はいい肉入ったよ」と嘘をついて商売していたんですね。
でも、そこではじめて、”現状否定”が生まれて。
「今日はなんでおいしくないのかな」
「よくない豚肉をいいものだよ、と言って売るのやだな」
と。
「どうしたらおいしく豚肉を作れるのだろう。」
と。
それで昭和52年(1977)の会社の設立に至ったそうです。

青)
会社化した当時は、高度経済成長を経て、流通制度が改善されていましたよね。
そこでも、遠隔地で販売しよう、とはならなかったわけですね。

秋)
私も聞いた話ですが、当時お客様に言われたことがあって。
豚肉のきらいな子が、「秋元さんちの豚肉なら子供がたべる」と。
そういった感動を与えてもらったと、いまでも社長は言います。
私もはっきりいって、そのためだけに精肉店をやっているのかなと思う時もあります。
最近の加工品では、肉みそ。
あの商品って、秋元がはじめてつくる、常温で食べられる商品なのですね。
代表は、常温で保存できて、朝から晩まで、テーブルに載っているもの、を目指したそうです。
つくだにや、のりのような存在になろうと。
絶えずテーブルに載っていれば、食べてもらう機会も増えるだろうと。

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そうやって作っているうちに、うちの常連のお客さんの、障害をもっているお子さんのいるお客さまから、
「秋元さんの肉みそで、息子がはじめてごはんを進んで食べた」、というお話を頂いて。
息子さんはそれまで、ごはんそのものがあまり好きではなくて、好きなたべものが何なのか、それまでまったくわからない状態だったんだそうです。
「あ、間違ったことはやっていなかったんだ、やっていてよかったんだ」、と思うところがありました。
飲食店でも、いろいろなお店に卸しているんですが、清流豚と掲げているところは少ないです。
でも、なにも掲げていないのに、お客さまに「あ、これ秋元さんの肉だね」とおっしゃっていただいたり。
お子さんが「これお家で食べているお肉と一緒だ」と言っていただいたり。
お客さまに感動を与える、というよりは、与えられていますね。

秋元の白河高原清流豚は、白河という地域の、あの環境で、あの地下水がなかったら、できなかったものだし、それを地元で買っていただけるお客様がいたからここまでできているものです。
だから、本当に、ここでしかできなかったものだな、と思っています。

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清流豚は、大信地区の湧水で育てられる

青)
創業した時から買っていただけるお客様がいてはじめて、ここまで来れていると。

秋)
例えば、中学生なんかは、学校では買い食いするな、とも言われますが(笑)、買い食いしていた人がいまでも商工会で繋がっていたり。
私は秋元家で生まれたからそれを感じていますが、人のつながりが物事を動かすのだなと感じています。

青)
なるほど。
地元にこだわるのには、そういった理由もあるのですね。
では、ブランド化へのこだわりについてももう少しお伺いしたいです。
清流豚の生産には、どのような工夫があるのでしょうか?

秋)
私が大学生のころ、豚肉の味は血統がすべてだ、と社長が気がついて。
郡山の食肉処理場で出会った豚肉のスペシャリストさんから、
よい血統の豚を分けてもらう仲介をしてもらって。それが12-3年前ですね。

県内だと、親豚、メスとオスがいて、交配をして、生産をして、出荷、小売りまでやっているのは2,3社しかないです。
食肉処理だけは、法律の兼ね合いで郡山でやっているけども、それ以外の処理はすべて自社でやっています。

青)
本当に文字通りの、自社一貫生産ですね。

秋)
郡山の業者さんで欲しい、という方がいらっしゃるので、郡山の食肉処理をした段階で一部卸売をしていますが、その分以外は、すべて自社で加工から・販売までしています。

青)
一貫生産システムはいつ確立したのでしょうか?

秋)
清流豚をはじめるときですね。
それまでは、今日は何頭売りましょう、というのを自社でその日に決めて。
その分を加工して、小売店に卸して、というかたちが主流でした。
それを、自分の店でいいものを売ろう、ということで切り替えたのが清流豚をはじめるときですね。
自社一貫生産ですと、基本的に休みはない。
交配から生育、加工、販売、営業やイベント。
基本的に休みはないです。

青)
大変ですよね…

秋)
でもまあ、自分から選んだ道なのでやっていますけど。
はたから見れば、いつ休んでんだ、というような状況かもしれませんが。

青)
このインタビューのアポをとらせていただいたときも、
豚舎にはいってらしたということですが…

………
専務も豚舎で豚さんの世話をする!
肉の秋元生産の秘密とは…
次回肉の秋元インタビューその3―専務オススメの清流豚の味わい方 へつづく!

インタビュイー
㈲肉の秋元 専務 秋元雅幸さん
白河高原清流豚の育成から販売まで手掛ける白河市大信地区のホープ。
白河市大信の商工会青年部で開発したご当地グルメ“とんぼう”(豚棒)は、県内でも指折りのクオリティ。

インタビュアー
青砥
楽楽「らくおう」のアドバイザー。
写真と珈琲が好き。県南地域でおすすめのカフェは珈琲香坊。今年の目標はボルダリングで自分の壁を超えること。

データ
有限会社 肉の秋元本店
www.nikunoakimoto.jp
〒969-0308
福島県白河市大信増字北田82
TEL 0248-46-2350
FAX 0248-46-2426
アクセス www.nikunoakimoto.jp/access/

2015-06-01 | Posted in Blog, 生産者紹介 

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